ドッジの話

ツイッターが元で各方面ではドッジボールの件で様々な反応がみられます。私も車関連SNSで初めて見たのですが・・・

私は学校授業でどうこうということを言うつもりはありません。もちろんドッジボールというスポーツを否定もしません。

しかし話題になっている「いじめ」の部分では一言あるんです。私が最初に見たSNSでは「そんなものはいじめではないし、相手を蹴落とすゲームも同じ。それを取り上げるメディアもくだらない」と息巻いている様子でした。

しかし現実はそんなおめでたいものではありません。実際いじめあります。
以前も少し触れましたが私の子供はいわゆる「特徴のある」児童です。とりわけ動きの鈍い系では往々にして「ある」のです。
私は思います。先の「そんなことはないだろう」意見の人というのは御本人のこれまでの人生、いや出生というべきか・・・やその子供(親族や身内ではありません。血を引いた実子の事です)の成長に何も思い当たる事が無かった人の考え方だと。その場合、当然の事ながら「常識」や「感覚」が違います。残念ながらこれはその人にとって生涯変わることのないものです。

思い出してください。クラスに一人や二人はいたでしょう? 的になる人が。
その人を何だと思ってましたか? おそらく特別何とも思ってなかったでしょう?
でも面白かったことでしょう? 大したことなかったでしょう?
・・・・それがイジメのメカニズムですよ。

でもそれが実子であり、しかもそうなる理由もなんとなく(実際はなんとなくじゃないでしょうけど)わかる(あるだろうなと思う)場合、どうですか?
それでも「ない」と言えますか?

私は常々思います。
イジメ対象になる人物とは子供時代だけでは終わりません。仮に終わったと感じるならそれは極稀な一部の人です。近年子供のことで調べて気付いたことですがそういう人はみんな多かれ少なかれ何かあるんです。ただ個人差が大きいのでわかりやすいかわかりにくいかの差です。
今の時代の呼び方で何らかのそしてある程度の「発達障害」を持っていると私は考えます。接していて「あれ?」と思う瞬間がある。多くはそれが引き金となってきます。

それが実子にあるかもとわかるのが早くて3~4歳くらいです。IQが低いとは限りません。むしろ割といい場合もあります。さあ、そこまで判った上で学校から帰った本人から話を聞いてごらんなさい。そんな事も知らない身の上でいちいち「くだらない」などと吠えてる人がその保護者ならたやすくモンスターペアレンツになりますよ。

人間というのはそれまでの経験で無かった事は受け入れません。歳を重ねれば重ねるほど自信が付いて、なお理解できなくなります。よく言うじゃないですか、
「俺も俺の家族にもそんなの無かったよ。まったく理解できない」
そう。理解できないんですよ、あなたには。
くだらないかどうかなんて言えたもんじゃないですね。


さて熱くなったところで・・・
ドッジの話ですが、それでも学校指導の一環として私はアリだと思っています。
しかし残念ながらその趣旨は・・・荒波を知り、生き抜く術を知って欲しいからです。
その後の人生もわからない人には決してわからない色々があるはずです。
親はいつまでもいませんし、いつかは自分自身で生きていかねばなりません。
そのための修練と考えるのです。ボールなんてまだかわいい方ですからね。

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